創業 明治二十五年 三國屋
手描き鯉のぼり  鍾馗(しょうき)
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新作 ひな人形

<久月>
恵林作
衣装着
「立親王飾り金彩刺繍」三五立親王 
久月監製


65×47×65cm


<久月>
皇雅雛
衣装着
桐製収納五人飾り

三五親王 芥子官女 オリジナル頭


75×67×76cm


<久月>
桐製収納五人飾り
刺繍親王

衣裳着
小三五親王
小芥子官女


60×47×57cm
他にも、品数豊富にご予算に応じた商品を取り揃えておりますので、お気軽にご来店、お問合せください。
破魔弓の由来
雛祭りが三月三日に行われるようになったのは、江戸時代。寛永六年(1629年)興子内親王が明正天皇として即位した時に、 その母・中宮和子が、京都御所で盛大な雛祭りを開いたことに由来すると言われています。 その後、江戸城の大奥でも雛祭りが行われるようになり、やがて庶民の間にも広がっていきました。
江戸中期になると、女の子が生まれて初めて迎える雛の節句を祝う「初節句」の風習も生まれ、雛祭りは産まれた子供が健やかに、 優しい女性に育つようにと願う女の子のお節句として、各地で独特の特色を生みながら、江戸から全国へ広がっていきました。

雛人形の歴史は古く、その起源は今から千年あまり前にさかのぼる平安中期と言われています。
源氏物語の【末摘花】にも「もろともに、ひいなあそびしたまふ」と記されているように、当時はお人形のことを『ひいな』、お人形で遊ぶことを『ひいなあそび』と呼んでいました。
『ひいな』とはもともと、紙や草で作った簡素な人形(形代)のこと。この形代に災いを移して、川や海に流して神送りをする「上巳の節句」の行事が、三月はじめの巳の日に行われていました。 この形代の行事が、ひいなあそびと結びついて「雛祭り」として、いまに伝わるようになったと言われています。

明治になると政府は従来の節句行事を禁止し新しい祝祭日を定めましたが、永く人々に親しまれてきた行事は消えることなく、雛の節句は、端午の節句や七夕とともに民間行事として受け継がれました。
雛祭りはいまも昔も、季節を暮らしに取り入れる生活の折り目、そして子どもの健やかな成長を祈り、家族の絆を深める大切な行事、人形を愛する日本人の心を今に伝える美しい風俗です。


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